元気なうちにしておくべきこと

私たちは高齢期をいきいきと輝いて暮らすために生活の質の向上・終末期の医療> 通夜や葬儀のあり方・自然環境と墓地 墓地の承継者の間題などみなさまと共に考えていきたいと思っています。 そんな思いを伝えたいと4月2日〜7日所沢市民ギヤラリーで展示会を開催します。
会場には種々のご質間や ご相談のコーナーも設けました




4月6日にはMUSEで講演会もおこないます

SOGI編集長の碑文谷創氏が通夜や葬儀の考え方について、 弁護士の中井美紀氏が遺言状についてわかりやすく講義します。

会場からの質問にもお応えします目ごろの不安や悩みの 解決の糸口を探しに来てください


彩のくに 風と緑の樹木葬 の提案
墓地開発は自然破壊 豊かな水と蒼々とした樹木に包まれた私たちのふるさと地球。人類はこの青い地球に現れて以来、その豊かな恵みを享受してきました。しかし、いま、このかけがえのない地球が大いに傷み、病んでいます。無カな私たちには成す術はないのでしょうか。私たちの暮らしの周辺で、私たちにできることを考えてみました。

 新聞に折り込みの墓地販売のチラシが目につきます。核家族化による墓地の不足は深刻ですが、一方では承継者のいない墓地が増えている事実もあります。この矛盾するふたつの閥題を解決し、*墓地開発による自然破壊をくい止める手だてがありました。


賛同者の輪を拡げる
 私たちはこのような思いから「彩のくに風と緑の森林葬」を提案します。一人、ひとりの小さな力を含わせ、自然の再生と併せて、全ての人びとの将来に必ずおとずれる葬送の地をつくる運動を姶めましょう。私たち民間の力で及ぱないところは行政の知恵を借りて、この問題を解決していきましょう。

 自分自身の最期の地を決め、安心して高齢期を楽しく暮らすために、墓地管理の負担を子供達にかけないために、そして未来の子供達に蒼い地球を残すために、思いを同じくする人々の輸を拡げる運動を始めます。


自然葬が自然を復活させる
 それが自然葬です。遺骨は壷などには入れず土の中に埋葬します。石塔などはたてず、そぱに故人を偲ぶ苗木を植えます。遺骨が自然の土にかえる頃には苗木は緑の葉を繁らせた大きな樹木に育っていることでしょう。ときに訪れる遺族や旧友達は、木もれ陽や木かげのもとに集い、安らかな気持ちで故人の想い出を語り合うことでしよう。

 このような自然葬であれば、30年も経てば遺骨はもとの大地になってしまうのですから、そこにまた新しい旅立ちのひとを埋葬することができます。

 特定の承継者がいなくても大勢のひとの輸があれば管理も可能になるのです。バブル崩壊とともに開発途上で放置された荒れ地をみどり豊かな森林として甦らせることができます。


賛同署名にご協力ください
 「彩のくに風と緑の森林葬」の趣旨を身近な親戚や友人達にお誘して、賛同署名に参加してくださるようにお誘いください。


  • 墓地は森林を開発し、カロート(石室)を土中に造ります。石塔を立て、境界や通路もコンクリート等を敷設します。広大な自然を破壌して墓地は開発されています。


自分らしくとは
「LEC葬」と「メモリアノレ・フォト」の企画に係って
 「自分らしく」「私らしく」という主張が次第に存在感を持ってきたのが20世紀後半でした。今後、益々拍車をかけて社会の価値観を変えるパワーになるのではないでしょうか。個を核にして、選択し決定する自己責任が問われるのが21世紀の社会だと思います。

 私たちは「自分らしく」というセリフを頻繁に使用しますが「自分とは何か」はかなりの年数をかけてやっとわかりかけてくるというのが大方の場合です。この不都合さは普遍的なものですが、だからといって若いうちに何もかもお見通しというのも味気ないこと、試行錯誤のうちに気が付いたら少し何かが見えてきたという方が、結果的には自分らしいですね。つまり、自分らしいというのは、理想とする自分像のことではないという真実を会得することに尽きるのでしょうか。

 LECの活動は、まさに虚像の自分ではなく、精一杯生きた自分の死をアピールする葬送を支援しようということにあります。もちろん「自分らしい葬送」には無用論があってもよし、清楚に慎ましく、あるいは荘厳に盛大に、と色々な個性とニーズがあってよいわけです。LECはそれらをプロージュクトし、生前契約することもお手伝いしようと企画しています。また、LEC独自に創作した葬送の様式「LEC葬」を広めることもひとつの使命だと思っています。

 「メモリアル・アォト」の事業も「粉飾のない私」を残したいという想いから発想したものです。今精一杯生きている私を証明したい、修正された私の姿ではなく、ありのままの私を見て欲しい。実際にそんな要望が高まっているのです

 誕生目ごとのありのままの私は(メモリアルフォト)はアルバムにしつらえて自分史になりますし、また資格取得用の証明写真に等々、多目的に利用できます。

 LECの企画に参加したことが、葬送のあり方については勿論、生きること全てについて、「自分らしくとは何か」を問い直す機会になりました。

 「新しい葬送のあり方」を問うとき、生きることに真撃にならざるをえません。
(渡邉ヒロコ)



NPO(特定非営利活動法人)認可
 前号でお知らせしましたとおり、昨年9月26目に提出したNPO設立申請書が、規定の縦覧期闇を経て無事認証されました。
 引き続き浦和地方法務局への法人登記を行い、2000年12月27目特定非営利活動法人ライフ・アンド・エンディングセンターが誕生しました。



わんにゃんパートナー・サポート・システム ただいま準備中
 孤独になりがちな高齢期の暮らしを慰め励ましてくれたあなたの愛犬や愛猫は、ときによっては子供以上に、あなたの人生のパートナーですね。
 ところで、あなたに「もしものこと」があったとき、遺されたパートナ一の処遇はどうなるのでしょう。もう決めてありますか。

 飼い主が亡くなって遺されたペットは、引き取り手がない場合、まるでゴミと同じ扱い...保健所→殺処分・・・となってしまいます
 いつも一緒に募らし、たくさんの幸せや癒しを与えてくれたペットたちが、自分の死によって、突然の不幸に突き落とされることを望む飼い主がいるはずはありません。

 しかし、法的にはペットは所有物。遺言もなく、引き取り手もないのでは殺処分は免れないのです。
 LECでは「遺されたペットの安全な暮らしのために「ペットの行く末を心配レないで、ペットと共に楽しく暮らしたい人のために」ペットのための生前契約の方法や里親探し等について議論を重ねてきました。いまは具体的にサポートシステムを作る段階にきています。

 このプロジェクトに参加し、活動してくれる仲間を募っています。愛犬家、愛猫家の声をお待ちしています。
(福原勝利)



臓器提供 病院の二割は消極的
機器や人員重い負担
「朝日新聞(東京)十月十三日」
 臓器移植法基づいて脳死と判定された人から臓器を提供を「してもいい」とされている全国の病院や救急救命センターのうち、約二五%が、提供施設としての準備が不十分と考えており、「協力しない」と「消極的」などの合計が全体の五分に一に登ることが、朝日新聞社のアンケートでわかった。法施行から三年。
 これまで実施された九例の法的脳死判定のうち、わかっているっだけで四例に手順などにミスがあった。アンケートでは、厚生省がガイドラインで「臓器提供可能」としている大学病院、救急救命センターなど、全国の三百九十三施設を対象に、今年七月から八月にかけて郵送で実施。
百二十八施設から回答があった。臓器提供を望む脳死患者が現れた場合を尋ねたところ、七四・九%が「提供に積極的に協力する」と答えたが、十九・五%は「消極的だが協力する」だった。
「準備体制は整っているか」の問いには、七四%が「整っている」。一方で、「十分とはいえない」が二三・二%、「整えていない」が二・八%。(略)


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